文化祭が苦痛な人にとっては、1秒でも学校にいたくないですよね。
そこで、帰ること(早退すること)を検討していますよね。
でも、文化祭を変えるとなると「早退扱いなのか?出席日数や成績への影響、帰る正当な理由」が気になるところです。
またクラスメイトから反感を買う可能性もゼロではありません。
では、こういったことを詳しく見ておきましょう。
文化祭帰るのってどうなの?
文化祭を途中で帰るなら、事前に担任の先生などに伝えておきましょう。
理由は「体調不良、熱中症」なんでも良いです。
もしくは事前に「家の用事で早退することになる」ということを伝えるべきです。
勝手に帰宅するのは危険ですよ。
文化祭を途中で帰る一番のリスクは、警察沙汰になるときがあることです。
ほとんどの学校で、解散時の在籍確認があるはずです。
その際、「いない」となると、最悪、犯罪に巻き込まれている可能性があります。
なので、学校によっては警察に相談~捜索といったことにつながります。
捜索になりますと、学校周辺への聞き込み調査や検問などが行われますので、瞬く間に近所にその話が伝わります。
しばらくの間は、たいへん心苦しい思いをすることになります。
また、家に連絡が入ると、親から怒られることになります。
文化祭は「協調性、責任感、リーダーシップ、積極性」などを養う目的があります。
つまり授業の一環なのです。
サボるというのは、学校をサボるのと同じなので、基本的にはオススメしません。
正当な理由がない限りは、途中で帰るというのは、どうしても辛くなった時の奥の手にしておきましょう。
文化祭を途中で帰ると早退扱いになる?
ほとんどの学校で早退扱いになります。
文化祭といえども、教育活動なので途中で帰れば早退になります。
ちなみに早退は3回すると1回の欠席扱いとする学校もあります。
早退を欠席と見なす学校もあるかもしれませんね。
学校によって文化祭に対する扱いは様々です
ただ、私学のなかには、文化祭そのものを任意参加としている学校もあります。
その場合は途中で帰ってもかまいません。
もし早退するのであれば、その辺は先生などに聞いて、しっかりと確認しておきましょう。
文化祭を途中で帰ると出席日数や成績にどんな影響がある?
出席日数は早退扱い、成績は特に内申点に悪影響を及ぼす場合もあります。
一般的には出席日数に影響するケースがほとんどでしょう。
場合によっては欠席扱いになることもあり得ます。
この点は、学校によって文化祭という行事の考え方や扱い方が違うので、気になるのであれば、学校で確認するしかありません。
ですが、文化祭はただの学校行事ではありません。
ちゃんと生徒の自発性や責任感を養うという目的のもと実施されているイベントです。
つまり授業の一環なのです。
内申点は、AOではとても重視されるもの。
なので、AOで大学に挑戦という方にとっては、悪影響です。
文化祭を途中で帰る正当な理由って何かある?
無難なのは、「家族の介護」です。
「体調不良」も理由としてありますが、「では保健室で寝ておきなさい」といわれればおしまいです。
あと、学校へ届け出ているのが前提ですが、「アルバイト」です。
特に文化祭は、複数の各学校が、ほぼ同じ日程で行いますので、その期間中はそのエリアの学生アルバイト不足になることは日常茶飯事です。
雇う側もある程度そのあたりは認識していますので、飲食店などは時給を上げる、特別手当をつけるなど、学生がシフトに入ってもらえるように工夫しています。
またこの時期は、毎年アルバイト不足になります。
なので、同様の事例は過去にもあるはずなので、事情を説明すれば学校も納得してくれます。
家庭の経済事情を理由にすれば、学校も正当と理解せざるをえません。
文化祭を帰るとクラスメイトから反感を買う?
理由によると思います。クラスメイトが納得できるような理由があれば反感はかいません。
一番避けたいのは、「何も言わずに帰ってしまうこと」です。
何も言わずに帰ると、残されたものはとても心配しますし、最悪警察沙汰になり、文化祭中止、といったことも想定できます。
あまりオススメではありませんが、内容はさておき、うそでも理由を必ず伝えて帰ることがポイントです。
多少の誇張はオッケーです。また、どのような理由であれ、途中で帰ったときは翌日にでもそのフォローをすることが大切です。
「昨日、ごめんね」でも構いません。
この数秒のたったひとことのあるなしで、今後の学校生活の良しあしを決めます。
その他、後片付けを積極的に手伝うのも良いです。
文化祭は準備があるように、後片付けもあります。
特に、後片付けは、いやがる人も多いので、積極的に手伝えば、途中で帰ってもまったく反感をかうことはないです。
それどころか、「ありがとう」と感謝されることも多く、クラスメイトの記憶に残りますのでかけがえのない思い出になります。「終わりよければすべてよし」です。